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    「TONE」感想  No.2 音楽の観賞者としての感想 

    視聴中の感想にも書いたのですが、
    今回のアルバムって今までにもまして、

    ファンとしての「情」と音楽の「観賞者」としてのせめぎ合いでした。
    感想っていうなら、もうあの感想が全てっていえるぐらいです。

    そのお陰で、今回、自分の立ち位置をはっきり認識したことがあります。
    わたしは、ライブに参加する時に「東方神起に会いに行く」とは、
    何をどうやっても何かが私の感覚をブロックしていて、絶対に言えないんです。
    私にとっては、ライブの参加は「見に行く」以外の何ものでもないのですよね。

    この言葉の違いって、ファンとしてアーティストに求めるものの差を
    明確に提示しているのかもしれない、と思いました。
    私はあくまでも作品の観賞者であって、アーティストとの親和性とか、
    一体感とか、ファンサっていうのは2次的な要素に過ぎないのですね。

    まず、パフォーマンスで私を圧倒してくださいって思うのです。
    全てはまず、そこからでしょう、と。

    とするなら、やはり今回のアルバムもファンとしての感想だけでお茶を濁さず、
    (でも、あれはあれで、正直な感想なんですよ!素敵と思っています)
    楽曲という点からの感想にまったく触れないわけにはいかないと思います。


    音楽の観賞者としての、感想です。
    ファンとして彼らを全肯定したい方とはスタンスが異なりますので、
    ここから先は、スキップされることをお薦めします。

    ■日本のアルバムに挑む大前提
    私が、ユノとチャンミンの2人体制の東方神起についてどう捉えているかは、
    主に韓国5集のアルバムの感想をご覧ください。

    現状
    ①ダンス曲では、二人体制でも「東方神起」のスタイルは確立
    ②日本の活動でも、ダンス曲でのバリエーションを披露して、体勢は万全
    ③バラード曲には二人で歌う為のスタイルがまだ見いだせていない<韓国5集アルバム

    課題
    ①高音部の安定感
     声質の差による、バランスのとり方の難しさ
    ②二人の得意分野の違いによる、楽曲選定の難しさ
    ③東方神起としてのバラード曲のスタイルの確立


    シンプルにまとめると、このように私は捉えています。
    韓国の5集アルバムのカムバの時には、5人から2人体制への変化をどうするのか、
    という風に3人の空白を如何に埋めるかという視点で考えていたのですが、最近になって、
    それは違うんだという風にようやく捉えられるようになりました。

    ユノとチャンミンは2人としての東方神起のスタイルを目指せばいいので、
    足りないものを補うっていう発想そのものが違うんだな、と。
    音は足りないかもしれないけれど、表現の精度は高くなったという強みもある。
    欠点と魅力って表裏一体だから、失ったものばかりに目を向けていても仕方がない。

    なので、この点は私にとっての課題からは外しています。


    ■バラード曲に於ける、日本の製作陣の仕事っぷり
    今回、何に一番驚いたといって、日本の楽曲製作陣のお仕事ぶりの素晴らしさ。
    バラード曲で二人で歌うという点に於いて、何か問題を抱えていたっけ?
    というクオリティで二人に歌わせる作品づくりに成功しています。
    何よりも、二人の技量や個性がどの曲でもバランス良く活かされている点が
    素晴らしいと思いました。

    上記に書いた課題の①~③まで、全てがクリアされています。
    ③はクリアされているというより、曲からその要素を除いたといった方が
    良いのかもしれませんが。
    これは、ユノとチャンミンの成長も勿論ありますが、要素としては作曲家の
    読み筋の確かさとディレクションの巧みさの比重の方が絶対に高いと思います。
    (カヴァー曲の場合は、選曲とアレンジの上手さですね。)

    皆さん、相当に韓国の5集を研究してきているのは明らかで、5集で不安定だった部分や、
    バランスの悪い部分の要素は全て排除した、ユノとチャンミンを活かすことが大前提の
    曲作りをしてくださっていると感じます。

    「Duet」も「シアワセ色の花」も、高音部のパートは巧みに除外されています。
    男性の曲ですし高音部をどう定義するのか、という点で認識は変わってくるのですけれど、
    「明日は来るから」とか「Love in the ice」のような東方神起の代表的なバラードのように、
    サビの後に更に高い音域のメロのパートで曲を盛り上げるという手法は、ほぼ封印されています。
    最後のサビで転調して、更に音程を上げるというよくある手法も今回は使ってません。
    「Thank you my girl」「Telephone」「Back to tomorrow」「Weep」も、みんなそう。

    但し、そのせいで弊害も。
    カタルシスを感じられるバラード曲がない、という事態に陥っているのです。

    楽曲構成上、高音部が機能しない作りになっていて(と私は思うのですが。この判断は、何を基準にするかにもよるので断言は避けます。)「Back to tomorrow」も「シアワセ色の花」「Duet」「Telephone」でのサビから先の曲の印象って、手に手を取って出口の見えない中を共に彷徨っているばかりって感じがするのです。後半のサビ以降の展開で、旋律としての盛り上がりはあるんだけど、音域としての突き抜け感に乏しくて、サビ以降が同音域で永遠にループしている感じがしてしまう。曲を聴いていても、先の展望が開けていかない感じで、楽曲の中で自分の感情の捌け口を設定するポイントが見出せなかったり、曲のピークに自分の気持ちを合わせられない、ということになっているのかなあ・・・と。

    どの曲もタイプは違うし、完成度はそれぞれ高く、聴き応えがあるのに
    アルバム全体を通して曲を聴き終えたあとの感想としては、
    特に印象に残る曲というのが見えてこないというジレンマを感じます。

    「Thank you my girl」や「Weep」は曲調が明るいせいか、この永遠ループの迷宮感は
    ないのですけれど、全曲通して聴き終えた後の印象という点では一緒なのですよね。

    けれど、韓国5集からの課題の多さを考えれば、今回その全てを払拭して、
    東方神起のバラード曲を見事に創り上げたプロデュース能力は素晴らしいと思います。


    特に作りとして上手いな、と思ったのが「Duet」。
    テンポが速い曲にすることで、バラードなのにハーモニーで聴かせる曲という
    制約から外してしまって二人の負担を減らしてるんですね。
    正確に言うと、バラードということでファンがハーモニーを聴かせる曲を期待
    してしまうことから、上手く目を逸らさせたということなのですが。
    ハーモニーで聴かせる曲にすると、歌のクオリティのレベルがまた一段上がって
    しまうので、もうその前提からはずしちゃった、という!!

    特にコーラス付けが期待されるサビは、完璧にリズムにのって勢いで聴かせる
    パートにしてしまっていて、サビの後のメロこそ、通しでハモらせるコーラスですが、
    一番リピートの多いサビの部分のコーラスは部分的にしか入れてないんですよね。
    でも、そういう工夫があっても、楽曲としての完成度が損なわれることもなく、
    わたしが東方神起に対しての課題を感じていなかったら、そんなことは考えも
    しなかったと思います。


    「シアワセ色の花」は、テンポといい、メロといい、美しい旋律を聴かせる曲で
    ハーモニーからは逃げも隠れもできない曲ですが、この曲って前述の通り
    徹底して、音域制限をかけて作られていて、高音部のパートでの不安定要素や、
    バランスのとり方の難しさという要素そのものを削除しています。
    これは是非、二人のハーモニーをじっくりと楽しむ曲として聴かせて頂かなくては。

    「Thank you my girl」も、面白い。
    サビの部分が、パッフェルベルのカノンのモチーフが使われてのポリフォニー仕立ての曲。
    元々のカノンも、いわゆる3つの声部による輪唱ですが、ストリングスのカノンの伴奏の
    旋律が基調としてあり、そこにこの曲のメインボーカルの旋律、バックコーラスの旋律が2パートと
    3つの旋律が絡みあって、サウンドの厚みと、華やかさを生み出してます。
    それに、パートの多さゆえ、堂々とバックコーラスをオケに入れてしまえるというメリットも。

    続きます

    コメント

    あまりにも共感

    あやんさん、

    感想を全て読ませていただいてからコメントさせていただこうと思っていたのですが、
    あまりにも共感したので途中で出てきてしまいました。

    >わたしは、ライブに参加する時に「東方神起に会いに行く」とは、
    何をどうやっても何かが私の感覚をブロックしていて、絶対に言えないんです。
    私にとっては、ライブの参加は「見に行く」以外の何ものでもないのですよね。

    >まず、パフォーマンスで私を圧倒してくださいって思うのです。
    全てはまず、そこからでしょう、と。

    ここ、あまりにも私です。
    私も、だれのライブでも絶対に「逢いに行く」とはいえません。

    それから、個人的に(byユノ)今回のアルバムが物足りないとは全然思いませんでした。
    でも、それは5人じゃなくてもいいということではなく、
    5人の東方神起とはまったく違う2人の東方神起が成立してるからだと思いました
    (…というか当然ですよね。ただ心情的には時間の経過も関係しているのかなと思います。
    正直、5週の「she」では他のメンバーの声が聞こえてました…)。


    それをよしとするのか、それとも「物足りない」「違う」と去っていくのか、
    それはfan一人ひとりの選択にゆだねられるんだろうと思います。



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